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東京高等裁判所 昭和27年(う)2439号 判決

控訴人 被告人 吉田代次郎

弁護人 戸村一正 荻野弘明

検察官 野中光治関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役拾月に処する。

この裁判の確定した日から参年間右刑の執行を猶予する。

理由

弁護人戸村一正同荻野弘明共同の控訴趣意は別紙記載のとおりで、これに対し次のように判断する。

論旨第二点について。

原判決の挙示する証拠のうち被告人作成の内山誠一宛「お願い」と題する書面の控は原審第三回公判期日に弁護人からその取調を請求したものであつて、右の証拠と証明すべき事実との関係(いわゆる立証趣旨)は公判調書の記載からは明らかでないが、該書面の内容と当時の被告人側の主張とを対比してみれば、所論のように被告人の情状を立証するために取調を求めたものと推測するのが相当である。論旨は、かくのごとく情状を証するための証拠をもつて罪となるべき事実を認定することは違法であると主張し、その一つの論拠として、罪となるべき事実についてはいわゆる厳格な証明を必要とするのに反しそれ以外の事実についてはその必要がないということを挙げている。しかしながら、論旨の引用する右の原則は、情状に関する事実のように罪となるべき事実以外の事実については、証拠能力がありかつ適法な証拠調を経た証拠以外のなんらかの証拠によつてもこれを認定することができるということを意味するだけであつて、そのことから直ちに、情状に関して取り調べられた証拠はすべて罪となるべき事実認定の資料としてはならない、という結論は出てこない。かかる証拠であつても、それが証拠能力を有しかつ適法な証拠調を経たものであれば、これによつて罪となるべき事実を認定しても、前述した原則との関係だけからいえば、少しも差支えないのである。

次に、論旨は立証趣旨という点からしても右の証拠を罪となるべき事実認定の資料に供することは許されないと主張する。これは、ことばをかえていえば、裁判所は証拠の立証趣旨に拘束されるかという問題にほかならない。そこで、この点につき考究するのに、極端な当事者主義の原則を貫ぬくならばあるいは論旨の結論を正当なりとしなければならないかもしれないがわが刑事訴訟法は周知のごとく当事者主義をかなり強く採り入れてはいるもののなお職権による証拠調の制度を認めていること等からしても当事者主義のみに徹底しているものとは考えられない。そのような点を併せ考えると、刑事訴訟規則第百八十九条が証拠調の請求にあたり証拠と証明すべき事実との関係(立証趣旨)を明らかにすることを要求しているのは、さしあたり裁判所がその請求の採否の決定をするについてはその参考とするためであると解すべきであつて(このことは同条第四項に立証趣旨を明らかにしない証拠調の請求を却下することができる旨の規定があることからも窺うことができる。)立証趣旨なるものにそれ以上の強い効力を認めることは、法の精神とするところではないと解するのを妥当とする。いいかえれば、ある証拠調を請求した者は、その証拠が立証趣旨に従つて自己の側に有利に判断されることある反面、いやしくもこれが採用された限り自己の不利益にも使用されることのあるのを予期すべきものなのであつて、この解釈は、あたかも被告人の公判廷における任意の供述が自己の不利益な証拠ともなりうること(刑事訴訟規則第百九十七条第一項参照)とも照応するのである。ただ、強いていえば、次の二点には注意する必要があるであろう。第一は、当事者が証拠を刑事訴訟法第三百二十八条のいわゆる反証として提出した場合で、この場合は証拠調の請求者が自らその証拠能力を限定したことになるから、これをもつて完全な証拠能力あるものとして罪となるべき事実を認定することは許されない。第二には、いわゆる伝聞法則との関係において、立証趣意のいかんによりその書証に対する同意の意味が異なる場合があり、また証人に対する反対尋問の範囲に相違を生ずることが考えられるので、それらの場合に証明すべき事実との関係で証拠能力の認められないことがありうる。しかし、これらはいずれも証拠能力の問題に帰着するのであつて、厳密にいうと裁判所が当事者の立証趣旨に拘束されたということはないのである。ところで、本件においては、前記「お願い」と題する書面は、もとより弁護人がいわゆる反証として提出したものではない。また、右の書面を証拠とすることに検察官が同意したのは、なんら留保を附せず無条件に同意しているのであるから、同意との関係において証拠能力を欠くともいえないわけであつて、以上説明したところからすれば、右の書証はその立証趣旨のいかんにかかわらず、被告人の罪となるべき事実認定の資料とすることになんら妨がないというべきであるから、原判決がこれを証拠として挙示したことは別段違法の点はなく、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)

控訴趣意

第二点原判決は採証の法則に違反した違法があり且之が違反は判決に影響を及ぼすこと明かであるから破毀さるべきである。

原審訴訟記録に依れば、本件犯罪事実を認定するに当り、弁護人小川徳次郎提出に係る「お願い」と題する書面を証拠に採用したこと明かである。而して、該書面は、第三回公判期日に於て、罪となるべき事実に対する各証拠の取調べられた後に被告人の情状を証するため提出されたこと記録に徴して明かである。然るに原判決は、之を罪となるべき事実に対する証拠として採用しているのである。そもそも、刑事訴訟法に於ては、罪となるべき事実と、之以外の事実とは、明かに区別され、罪となるべき事実は、厳格たる証拠(証拠能力ある証拠)に依り厳格なる取調べの方法に従つて認定されることを要するも、罪となるべき事実以外の事実は厳格なる証拠により厳格なる取調べの方法に従わずして之を認めることを得るとなすこと、刑事訴訟法の本質及び刑訴第三一七条の解釈として、判例、通説の一致して認めるところである。その理由は奈辺にあるか、蓋し、刑事においては被告人の人権に関係するところ大であり、犯罪の成否に関する証拠に一定の法的規制をなし、裁判官の証拠価値に対する自由心証を客観的に制約せんとするものである。従つて、斯る制約なき証拠を以つて犯罪事実を認定するは刑事訴訟法第三一七条に反して明かに違法である。

今、本件を見るに、原審弁護小川徳次郎は被告人の情状を証する為、被告人作成の「お願い」と題する書面を証拠として提出し検察官は之に同意し、裁判官は証拠調べをしたのであるが、その手続形式に於ては犯罪事実に対する書面の取調べと異るところがない。然し乍ら前述の通り、罪となるべき事実の証拠と、然らざるものとは、証拠能力に重大なる差異あるものにして右の「お願い」と題する書面は、被告人が刑事上の訴追を受け、被害金を弁償して、罪を軽からしめんとしたるも、被害者が之を受取らざるため、止むなく受領を乞う為、被害者に出したる書面で、被告人が示談に誠意を尽していること、従つて、犯罪後の情状を有利に立証せんとするものなること客観的に明かであり、斯る証拠は罪となるべき事実の証拠としては、証拠能力なきこと明かである。従つて之を犯罪事実認定の用に供したことは明に違法である。

右は同書面の性質より来たるものであるが、立証趣旨の点よりするも、右書面は情状を立証する趣旨なること明白にして、刑事訴訟法の本質及び被告人の人権擁護のため、情状を証する趣旨の証拠は、之を以つて罪となるべき事実を認定し得ざるものと解すべきが故に明かに違法である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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